10 転機

末永甚左衛門が携えていたあの手紙が、どのようにして彼の手に渡ったのか。時をわずかに巻き戻す。
佳行丸は、闇の沖へ漕ぎ出した。乗っているのは末永甚左衛門ただ一人の通詞、そして御役所付の溝口仙兵衛と林與次右衛門である。
途中、提灯の灯を見つけて近づいてきた船があった。遠見番、嘉悦忠兵衛の舟である。野母御番所から出た五艘が、恐怖と闘いながら異国船を見張っていた。様子を尋ねると、特に変わりはない、と言う。検使はさらに沖へ、異国船へと近づいた。
やがて、闇の中に、船体がぬっと立ち上がった。和船とは比べものにならない、見上げるほどの高さだった。舷側には二段に構えた砲門がずらりと並び、黒い砲口がこちらを睨むように突き出ている。末永甚左衛門が、声を限りにホウセマンの名を呼んだ。
この異国船を、ここからはフェートン号と呼ぼう。フェートン号は、敵地のただ中にあった。夜どおし厳重な警戒を敷いている。高いマストの上から見張りが近づく小舟をとらえ、後甲板の士官たちは望遠鏡で、その舟に砲も銃もないことを、すでに確かめていただろう。
船上から聞こえる言葉は、末永の知らない言語だった。だが彼が「捕らわれたオランダ人と話がしたい」とオランダ語で叫ぶと、すぐに反応があった。船縁に、人影が現れた。ホウセマンだった。
検使二人が提灯を高く掲げ「ホウセマンか」と呼びかけると、男は帽子をとって会釈した。拉致されたはずの男が、いま、目の前に、無事な姿で立っている。検使の胸に、安堵がどっと押し寄せたにちがいない。だが船縁には、ほかにも多くの人間が現れ、値踏みするようにこちらを検分していた。
検使は、末永に通訳させた。
「どの国の船か。なぜオランダ人二人を捕らえた。貿易を望んで来たのか」
これが、日本側とフェートン号との、最初の会話である。貿易を問うたのは、それを求めて不審な船が現れた例が、これまでにいくつもあったからだ。
ホウセマンは船上で何か指示を受けたらしく、こう答えた。
「夜中に本船へ近づくことはできません。御検使様は、明朝お越しください」
そして、ふたたび闇へ姿を消した。
だが検使は引き下がれない。「異国船に乗りつけよ」と漕ぎ手に命じ、船を寄せ「もう一度呼び出せ」と言う。末永が声をかけると、ホウセマンがまた船縁に現れた。
「もし願い事があるのなら、取り計らう。頭分の者を、こちらの船へ寄越してもらいたい」末永が訳して伝えると、ホウセマンは船内に戻り、船主と相談している様子だった。
そのときである。フェートン号から、二艘の小艇が、するすると音もなく海上へ吊り下げられた。そして検使の船を、左右からじりじりと挟み込んだ。小艇には、前後に小型の砲が据えられている。抜き身の剣が、月明かりに白く光った。乗り込んだ者たちの短筒も小銃も、すでに弾を込めてある。見上げれば、本船の二段の砲列には、一門ごとに二人ずつの水兵が張りつき、命令ひとつで撃ちかける構えだ。
検使一行は、生きた心地もしなかった。このまま離れて帰りたい。だが、事情も聞かずに戻れば、検使の役目は果たせない。生きて帰るな、という図書頭のあの叱責が、乏しい勇気を無理やり奮い立たせた。
あの叱責は、屈辱のためだけにかけられたものではなかったらしい。皮肉にも、いまこの瞬間、それが二人を海の上に踏みとどまらせている。
末永が、同じことをふたたび問うた。異国人が出てきて何か言うが、言葉がわからない。やがてホウセマンが現れ、答えた。
「この船は、支那から来たそうです」。末永は引かなかった。
「唐人の使うジャンクより、ずっと大きい。支那の船ではあるまい。真実を言え」。すると今度は、ベンガル(インド)から出航した、との返事が返ってきた。
「なぜオランダ人を捕らえた。どのようにも取り計らう。まずオランダ人を解放するよう、伝えよ」どれほど時が経ったか。ホウセマンが、ついにこう答えた。
「船中は、食物が乏しくなっております。これらの品を補給していただければ、オランダ人を戻し、ほかに用もないので、明日にも帰帆いたします」そして、横文字の手紙を一通、寄越した。
末永が読むと、そこにはベンガルを出航したこと、船主の名、水と食物が乏しいので届けてほしいことが、ごく短く記されているだけであった。
闇の中で、ようやく、敵の意図が見えた。水と、食料。それが、この船の望みだった。
検使は、なお食い下がった。
「品々は夜ゆえ今は用意できぬが、明日までに必ず届ける。だから二人のオランダ人を、今すぐ返せ」。だが、フェートン号は拒んだ。「では、代わりに乗組員を二人、こちらへ寄越せ」。この申し出は、フェートン号側には奇怪に映ったらしい。「人質を一晩預かっても心配はいらぬ。明朝に食物を届け、オランダ人を戻せば、預かった二人も返す」と重ねても、承知しない。
ついに検使二人は、意を決した。「オランダ人を戻さぬなら、我らは帰れぬ。我ら二人が、異国船に乗り込む」決死の面持ちだったろう。
末永が訳すと「ではこちらへお越しください、と船主が申しております」と、ホウセマンの返事が返ってきた。だが末永は、この答えに不審を抱いた。オランダ人二人に加えて、検使までもが船に捕らわれるのではないか。検使が「どうなっている」と尋ねるので内容を伝えると、二人は「では乗り込む」と言い出した。末永はホウセマンに問うた。
「御検使様お二人が乗船されて、万一のことはないか」。
「これは異国人の言ったこと。自分には、何とも言えません」。
それでは懸念は晴れない。末永は、検使の乗船を取りやめるよう進言した。御役所付の溝口仙兵衛も、林與次右衛門も、これに同調した。
小通詞並にすぎぬ40歳の末永甚左衛門が、この場でいかに肝の据わった男であったかが、よくわかる。事件のあと、彼はその働きを認められ、大通詞への昇格という異例の褒賞を受けることになる。だが、いまはまだ、頼れる大通詞の誰からも見放され、たった一人で異国船と渡り合っている、40歳の小通詞並にすぎない。
そうするうちに、ホウセマンが「早く船を離れてください」と、何度も大声で叫び立てた。検使一行はフェートン号を離れ、数百メートル離れた神崎まで退いて、船を停めた。
ここで起こったことを急ぎ書きとめ、寄越された横文字の手紙を添えて、西役所へ送らねばならない。末永甚左衛門が、その手紙を懐深く抱いて、奉行所へ駆け込んだのは、まさにこの時であった。
待ちに待った情報が、ついに図書頭のもとへ届いた瞬間である。ロシア船かどうかもわからぬ謎の大型船が、オランダ船を装い、剣を抜いてオランダ人二人を拉致した。その意図は何か。夜の港内を、三艘の小艇が探りまわったのはなぜか。検使も、沖の見張りも、口々に軍艦のような重武装だと言う。それは、いったいいかなるものか。これまで、確かな情報は何一つなかった。出迎えの検使も、役所の者も、町の人々も、ただ恐れおののいて、腰も立たぬありさまだった。その闇の中へ、拉致されたホウセマンと会い、手紙まで携えて戻った男がいる。図書頭の昂ぶりは、当然だった。
横文字とはいえ、字数を見れば、ごく短い書簡であることはわかる。それでも、異国からの、たった一つの貴重なメッセージだ。図書頭はただちに末永を招き入れ、訳を命じた。
内容は、こうだった。ベンガルから、船が一隻来た。船長の名はペリュー。閣下は水とすべての食料に事欠いており、それを提供されるよう要請している。署名は、ホウセマンとスヒンメル。
図書頭は、眉を険しくひそめた。水と食料に窮した船が、禁令を承知のうえで長崎に助けを求めて来た例なら、いくらもある。だが、だからといって、日本の国法を破り、オランダ人を拉致してよいはずがない。法と秩序に誰よりも謹厳な図書頭の胸には、怒りが渦を巻いていた。それでも、この短い手紙が、「御国の預かり人」たるオランダ人を取り戻す、ただ一つの糸口であることを、彼は理解していた。
末永は、さらに告げた。「船はきわめて大型で、四十門以上の大砲を備えております」。間近から冷静に船を見てきた末永の言葉は、相手が恐るべき戦闘力を持つことを、あらためて突きつけた。
図書頭は、命じた。「かぴたんを呼べ」やがて現れた商館長ドゥーフに、図書頭は手紙を見せて問うた。「これが異国船の要求だ。水と必需品を与えれば、拉致された二人のオランダ人は解放されると、保証できるか」。ドゥーフはしばし考え、保証はできない、と答えた。あの船は敵国の船だと、自分は見ている、と。
ドゥーフには、口にできない事情があった。家康の時代に朱印状を与えられた「オランダ」は、もはやこの世に存在しない。フランス革命の余波でバタビア共和国となり、さらに2年前、ナポレオンの手でホラント王国と改められている。祖法にことのほか忠実なこの国の政庁が、もしその事実を知れば、出島から商館そのものを追い払いかねない。ドゥーフが恐れていたのは、拉致された二人の身の上だけではなかったのではなかろうか。この異国船が長崎に留まる限り、彼の背後にはつねに、誰にも明かせないもうひとつの危機が控えていたのである。
それでも、この夜から、ドゥーフは動き始める。配下のオランダ人二人を、取り戻すために。
図書頭は、ドゥーフの提案を容れた。ただちに波止場役を呼び、野菜、薪、水を用意させる。水船は、一艘。日本側の記録にはないが、ドゥーフはのちに、その量がわずかであったことに気づいている。少しでも出帆を遅らせたい、という図書頭の胸のうちを、水船一艘という数が、静かに語っていた。
長崎が、初めて敵の要求を知った夜だった。ここから、長い応答の日々が始まる。

J版

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