混乱のさなか、図書頭には、もうひとつ果たさねばならぬ務めがあった。
この事態を、江戸へ知らせること。
得体の知れぬ軍艦が、オランダの旗を偽って港に入り、剣を抜いてオランダ人を奪い去った。長崎奉行ひとりの手に負える事ではない。老中へ、報じなければならない。
起草を担ったのは、与力の熊谷興十郎である。
深夜の一室に、文書が広げられた。書いては読み、読んでは直す。奉行以下が顔を寄せ、一語一句を吟味した。
相手の船が、どこの国のものか、まだわからない。蝦夷地を荒らしたロシア船かもしれぬ。だが、紅白青の旗で完璧に偽装していたこと、剣を抜いてオランダ人二人を奪い去ったこと——それは、まぎれもない事実だった。
読み合わせのなかで、二つのことが書き加えられた。夜、二、三艘の小艇が港内へ乗り入れたこと。そして——オランダ人を返さぬまま帰帆するようなら、その船を焼き打ちにせよ、と佐賀・福岡に命じたこと。
ひとつ、図書頭が書かなかったことがある。
検使たちが砲列に怯え、なすすべもなく引き下がったこと。その失態を、記さなかった。検使の申し立てを、そのまま採った。
責めを部下に着せて身を守る。そういう書き方を、この男はしなかった。起きたことを、奉行として報じる。それだけだった。
報告には、長崎の周りへ放った指示が連ねられた。大村には陸地を固めよ。諫早にも備えよ。佐賀・福岡には、いざとなれば焼き打ちを。新たな船が現れれば、さらに軍勢を。
御用状は、十五日付のまま、明けて十六日の朝に仕立て上がった。
ホウセマンの手紙で、水と食糧を求めていることは判明していた。だが、その内容は御用状には加えられなかった。
書状が封じられた。
老中宛の一通。旅の途中にある後任奉行・曲淵甲斐守のもとへ届ける一通。佐賀・福岡へ向けた写し。それぞれが託される。
夜明けとともに、使者は長崎を発った。日見峠への道を急ぐ。
その先には、はるかな江戸があった。
異国船は、なお神崎の沖にあった。
動きもせず、錨を下ろしたままだ。