ドゥーフの手紙を異国船へ届ける役目を負った甚左衛門らの船は、なぜか出発が遅れた。事情は崎陽日録にも記されていない。付き添うのは検使ではなく、格下の地役人、御役所付の溝口仙兵衛である。
甚左衛門を送り出したあと、両番所の人数を揃えよと督促を命じられた人見左衛門と荒堀五兵衛が、先に両御番所へ着いた。だが督促はやはり無駄骨であった。人数は相変わらず揃わない。佐賀の支藩、諫早藩の増援も「来るはず」とは言うが、いつ来るのかは誰も答えられない。
二人は、昨夜から沖に出たままの検使、菅谷保次郎と上川伝右衛門に合流した。水と食料を渡すことに決した、という図書頭の指示を、出ずっぱりの二人へ伝える。
夜明けである。菅谷と上川は望遠鏡で異国船を眺めていた。ちょうどその頃、出島ではドゥーフが同じように望遠鏡を覗き、異国船をイギリス軍艦と見定めていた。検使たちの目に映ったのは、「バッテイラ三、四艘を異国船の周りに下ろし、異国人五、六人ずつ乗り込み、まずは穏やかな様子」という光景であった。
そこへ、ようやく甚左衛門の一行が現れた。検使四人は、その一行の中の溝口仙兵衛に伝令を託す。両御番所はいまだ準備が整わず、諫早勢の到着も見込みが立たない――その情報を持たせて、西役所へ走らせた。
そして検使たちは協議し、甚左衛門と西義十郎を、付き添いも護衛もつけずに異国船へ送り出すことに決めた。なぜ検使が誰も同行しなかったのかは、記録が語らない。通詞二人だけのほうが、かえって安全だと踏んだのかもしれない。
こうして甚左衛門は、再び護衛もなく敵艦へ赴いた。この後の異国船とのやり取りは、何ひとつ記録に残っていない。
甚左衛門が持ち帰ったのは、シキンムルの書いた一通の返書であった。
この手紙が西役所へ届いたのは、ドゥーフの商館日記によれば午後十二時半である。
『尊敬する閣下へ 食料品が船積みされたなら、われわれは直ちに解放されるはずです。船長はこれ以上必要とするものがなく、そして閣下の友情に対し謝意を表するよう命ぜられています。私は取急ぎ署名します。閣下の従僕、(署名) G・スヒンメル (下に)船長は、病人たちがいるので、牛または山羊いく頭かを要求しており、それがなければ閣下〔船長〕は出発することができない。長崎投錨中のイギリス・フリゲート船の船長 (署名) グリットウッド・ベリュー』
ここまで、異国船は正体の知れぬ脅威であった。白帆が水平線に現れて以来、それは名のない巨大な影として長崎を呑み込んでいた。その船の指揮官が、いま初めて名を記した。
フリートウッド・ペリュー。
長崎を恐怖に陥れてきた敵が、ここで初めて一人の人間として姿を現したのである。
手紙はただちに年番大通詞の中山作三郎の手で翻訳され、奉行のもとへ届けられた。
これを読んだ図書頭は、ひとまず「御国が預かる大事な客人」が戻りそうだという感触を得たであろう。だが、これまでの無法を思えば、そのまま信じるわけにはいかない。
図書頭はドゥーフを呼んだ。問うたのは、この要求に従ってよいものかどうかである。
ドゥーフの答えはこうであった。
『それは奉行のお望みしだいであるが、しかし私は、それがイギリス船であることは明らかであり、したがってオランダ人の敵であるから、彼〔船長〕は、食料品や水を得られないまま捕虜を解放するとは考えない』
与えるべきだ、という意味である。図書頭はさらに踏み込んだ。
『食料を与えれば彼らは解放されると思うか。保証することができるか』
これはドゥーフにとって厄介な問いであった。会ったこともない敵将の言葉を、どうして保証できよう。だが、捕らわれた部下二人を取り戻す望みは、もはやそこにしかない。
『私は確かなことは言えない、それは敵の言葉を決して当てにしてはいけないからである、しかしながら奉行がそれを承認するならば、水と必需品を送ってそれを試すことはできるだろう』
敵を信じているのではない。他に手がないのである。ドゥーフはその一点に賭けた。
二人の会話はそこまでであった。まもなく中山作三郎がやって来て、奉行の決定を伝える。
『奉行は、彼〔船長〕に水と必要とされる食料品とを送ることを決定し、〔奉行〕閣下はそれらすべてを準備するよう命令を出した』
ドゥーフは密かに安堵したであろう。彼には成算があった。牛も山羊も、出島でオランダ人の食料用に飼っている。それを差し出せば、捕らわれた二人が戻ってくる。
図書頭は、人の意見を聞いたうえで決断する人物であった。
だが、補給を許したことは、屈服ではない。
図書頭は武人としての務めを忘れていなかった。シキンムルの手紙からは、水と食料、牛か山羊を与えれば出航する、という意図が読み取れる。だとすれば、もしそのまま出帆しようとするなら――。
『不体の事など尋ねることができないまま出帆することになれば打ち壊すことを肥前の家来に命じよ』
そう指示し、沖に待機する検使四人、菅谷・上川・人見・荒堀に伝達させた。補給を許す一方で、出港の素振りを見せれば撃て、と命じている。図書頭は最後まで、人質の救出と敵艦の撃滅、その両方を追っていた。
この指示は検使たちから、戸町と西泊の両番所の番頭――戸町は蒲原次衛門、西泊は鍋島七左衛門――へ命じられた。だが番頭たちには手勢がなく、佐賀藩の増援がいつ来るかの確証もない。臍を嚙むよりほかなかったであろう。
補給は決まった。
だが図書頭は、まだ終わったとは考えていなかった。
人質を取り戻す。そして、異国船も逃がさない。
彼はなお、その両方を追っていた。