13 両番所無人

西役所の玄関に、馬を乗り捨てる音が響いた。両御番所へ遣わされていた山田吉左衛門が、息を切らし、血相を変えて駆け込んできた。その報告は、短く、信じがたいものであった。西泊・戸町の両御番所は、もぬけの殻だ――。

そこには、千人の佐賀の兵が詰めているはずであった。長崎港口を北と南から扼する西泊と戸町。そこに詰める千人こそ、長崎を守る兵のすべてである。

その千人が、いなかった。番所に残っていたのは、両所合わせて五十人にも満たぬ。石火矢の備えもない。

長崎港は、裸であった。

図書頭は、すぐには声を発しなかった。

そして、すべてが一度に繋がった。異国船から放たれた小艇三艘が、両番所の前を悠々と通り抜けていったのは、なぜか。港内を漕ぎ回る小艇を「すぐに召し取れ」と佐賀の聞役に命じても、曖昧な返事しか返らなかったのは、なぜか。番所には、止める者がいなかったのだ。

佐賀藩は、引き払っていた。

オランダ船が期日までに帰帆すれば、警備を解いて国へ帰る慣例がある。だが、いまは八月十五日。まだ、その時期ではない。佐賀藩は、慣例を待たず、独断で兵を引き揚げていたのである。

千人の備えが消えていたことを、誰一人、報告しなかった。図書頭自身、それを確かめてもいなかった。着任以来、両御番所を一度見て回ったきりであった。その付けが、よりにもよって、この夜に回ってきた。

図書頭は動いた。第一報では「大村は領内を固めよ、唐津は見回りに及ばず」と指示していた。それを撤回し、佐賀・福岡・大村へ、ただちに出兵せよと命じた。近い諫早にも。

だが、兵は来ない。番所の人数配りを幾度催促しても、諫早豊前は「人数まもなく参る」と答えるばかりで、いつ着くとも言わぬ。両御番所は、なお手薄のままであった。

検使を次々に遣わしても、心もとない。図書頭は、人見藤左衛門と荒堀五兵衛を番所へ差し向けた。二人は潔く請け、荒堀は槍を持たせてほしいと自ら願い出て、貸槍を握って出ていった。

同じ役を、もう一人に命じた。岩原役所の勘定方、中村継次郎である。だが、返事は煮え切らぬ。検使を勤める覚悟がない、という。着る物が手薄だというので、徳右衛門が衣類まで貸してやった。それでも、腰は上がらない。戦うための槍を求めて出ていった荒堀とは裏腹に、中村は借りた衣をまといながら、それでも、中村は動かなかった。

座してはいられぬ、と図書頭は市中見回りの出馬を命じた。大波止、五島町。将軍の御黒印を自ら守護し、行列を立てて回る。長崎の街は、総動員であった。町年寄は武装した役人を率い、空になった出島・唐人屋敷・米蔵の見張りに立つ。老いた外国人世話掛は、大筒を据えて大波止を守った。

図書頭は、ほどなく西役所へ戻った。だが、オランダ人はまだ帰らない。異国船も、なお港口に居座っている。夕刻に二人が奪われてから、すでに真夜中である。図書頭は動き続けた。だが、長崎を覆った混乱は、なお一歩も収まらなかった。

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