6 醜態

検使を務める菅谷保次郎と上川伝右衛門は、幕府が江戸から送り込んだ手付出役の、筆頭格の二人であった。海へ出る前、二人は、奉行・松平図書頭から、いくつものことを言い渡されていた。何よりもまず、オランダ人を守ること。異変があれば、ただちに西泊・戸町の両御番所へ知らせ、港内への侵入を食い止めること。そして、オランダの委員を、決して検使より前へ出してはならぬこと。
その、いずれをも果たせぬうちに起きたのが、あの襲撃であった。オランダ人は、ほかならぬ二人の目の前で、まんまと奪い去られたのである。
二人は、見る間に色を失った。頼みの役船は、漕ぎ手が腰を抜かしてしまい、櫓も動かない。あたりでは船々が散り散りになり、海は、逃げ惑う小舟で乱れに乱れている。どうすることもできずにいたところへ、たまたま曳舟の役に出ていた六人漕ぎの小舟が、一艘通りかかった。二人はこれを呼び止めると、すぐさま乗り移る。供回りを役船に置き去りにし、槍まで捨てて、ただ二人だけで――。
向かった先は、現場からおよそ四キロ離れた、港口の西泊御番所であった。本来であれば、佐賀藩の警備部隊が詰めているはずの番所である。ほどなく着いた二人は、番頭への面会を求めた。
だが、その番頭は病で臥せっており、会うことができない。代わりに出てきた物頭に向かって、二人は急きこんで告げた。異国船が現れ、旗合せに出たオランダ人二人が、奪い取られてしまった。その異国船はまだ錨を下ろしておらず、このまま港内へ乗り入れてくるやもしれぬ。だから一刻も早く、軍勢を手配せよ――と。
二人は、知らなかった。


その西泊御番所には、肝心の定めの人数が、揃っていなかったのである。詰めているべき兵はほとんどおらず、番所は、空に近かった。当番にあたる佐賀藩が、定めの警備人数を、揃えてはいなかったのだ。
番所を出た二人には、もはや供の一人もいない。正規の船着場である大波止に上がることは、さすがに憚られた。二人は、奉行所の下手にあたる江戸町の上り場から上陸して、庁へと向かった。
思えば、あの襲撃のすぐ前、二人は沖から奉行所へ、一通の届書を送っていた。「紅毛商船に相違無之、旗合も相濟候」――まぎれもないオランダの商船であり、旗合せの確認も済んだ、という報告である。この届書は、事件のあと、二人の嘆願によって、正式の文書からひそかに削除されることになる。
ペリュー艦長が襲撃を命じたのは、午後五時半のことであった。それから混乱の中を西泊御番所へ走り、江戸町に上がるまでに、ゆうに二時間以上が過ぎている。この日の日没は、十八時二分。日は、とうに暮れていた。十七時十三分に東の空へ昇った満月が、夜の港を、こうこうと明るく照らしている。供も連れず、江戸町の船着場から上がってくる二人の姿を、その月だけが、静かに照らしていた。
これから二人が出頭する相手は、ほかならぬ――海へ出る前、何よりもまずオランダ人を守れと命じた、あの図書頭である。その図書頭に向かって、二人は、報告しなければならなかった。――オランダ人は、奪われた、と。

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