14 暗殺指令

二人のオランダ人は、まだ戻らない。
異国船は、港の奥に錨を下ろしたまま動かない。二人を船腹に呑み込んだまま、ただそこにいる。
西役所の広間に、人が集まっていた。鎧を着けた者、書付を抱えた者。注進が届くたびに、誰かが立ち、誰かが出てゆく。
図書頭が問うた。
「番所は」
山田吉左衛門が答えた。
「西泊、戸町とも、なお空にございます」
「何人おる」
「両所合わせて、五十人に及びませぬ」
「石火矢は」
「備えはございませぬ」
座が、静まった。
「佐賀の兵は」
「いまだ、参りませぬ」
「いつ来る」
「まとまって動けるのは、早くて二日、三日の先かと」
二日。三日。その間も、あの船は居座り続ける。二人を抱えたまま。
図書頭は、すぐには口を開かなかった。
西泊も戸町も空である。
石火矢もない。
頼みの佐賀兵も、二日、三日のうちには来られぬ。
座には重い沈黙だけが落ちていた。
誰も策を言わない。
言える者もいなかった。
やがて図書頭が顔を上げた。
「使者を、船へやる」
穏やかに、丁重に乗船を願い出よ。船長に会い、来航のわけを問え。望みがあれば、言わせよ。二人のオランダ人を返すなら、その望みは叶えてやる——そう告げよ。
ここまでは、まだ交渉であった。
図書頭は、続けた。
「もし、船長が応じねば」
一拍、間があった。
「不意を突き、広刃の刀で、船長の首を斬れ」
「そして、その場で、腹を切れ」
広間の空気が、凍りついた。
交渉ではなかった。討ち死にの命令であった。たった一人で敵艦に乗り込み、船長を斬り、その場で腹を切る。船長を斬ろうが斬るまいが、遣わされた者は死ぬ。生きて戻ることは、はじめからない。
だが図書頭は、なお決断を下してはいなかった。
この策が成るものかどうか。異国の軍艦を知る者に確かめる必要があった。
図書頭は大通詞の中山作三郎を呼んだ。
異国の軍艦を知る者は、長崎にドゥーフのほかにいない。奪われた二人も、ドゥーフの手の者である。
作三郎は出島へ赴き、図書頭の考えを伝えた。ドゥーフは、即座に答えた。
「そのような攻撃に、益はない。船長も、使者も、死ぬだけだ。何も達せられはせぬ。武装した兵を、大勢、船へ送り込むがよい」
作三郎は、答えた。
「その兵が、いない」
「二日、三日のうちにも、来られぬ」
返す言葉は、なかった。
命じられた用人の名を、史料は伝えていない。
だが、その者は、逃げなかった。
刀を受け取り、「承知仕りました」と答えた。黙って、頭を下げた。
そして、立ち上がった。

上部へスクロール