7 凶報

7 凶報

陽が稲佐山に落ちたのは、6時ごろであった。入れ替わるように、中秋の名月が日見峠の彼方から昇ってくる。天は晴れ渡り、港の水面が月の光をはね返して、西役所の庭にも青白い明るさが満ちていた。
次の間では、月番の近習が膳の支度を調えている。今宵は名月、しかも待ちわびたオランダ船が、ようやく港へ入った。夜が更ければ、図書頭様も酒や肴菓子のひとつくらいは召し上がられよう。そう胸のうちで算段しながら、近習は居間のほうへ進もうとした。長い夏のあいだ張りつめていた奉行所に、その夜ばかりは、ひさしぶりの安堵が漂っていた。
そこへ、検使からの書状が届いた。四郎ヶ島の沖で待ち合わせているあいだに認めたものを、旗合の船団にいた通詞が伝令船に託し、年番大通詞の中山作三郎が持参してきたのである。
例年よりは大型の船ながら、紅毛船に相違なく、荷足も深く見えますれば、まずはご安心くださいませ。
荷を満載したオランダ船。近習が図書頭の前でこれを読み上げると、奉行の面も、ようやくやわらいだ。名月の夕べに、これ以上ふさわしい知らせはない。やがて膳が運ばれ、盃が満たされようとしていた。
だが、その盃が、唇に届くことはなかった。
玄関のほうで、ただならぬ足音がした。四郎ヶ島から漕ぎに漕いで戻った隠密方の吉岡十左衛門が、息を切らして駆け込んできたのである。広間へ転がり込むようにして、用人の木部幸八郎に急を告げる。木部の顔色が、さっと変わった。
その報せは、近習がまさに酒肴を差し出そうとした、その刹那に、図書頭の耳へ届いた。
「直に聞く」
図書頭は盃を置き、そのまま対面所へ立って、吉岡を呼んだ。
平伏した吉岡が語ったのは、こうであった。
入港したのは、オランダ船ではござりませぬ。異船にござります。
長さ4、5間、幅2、3間ほどの、青く塗ったバッテイラが一艘、海上へ巻き下ろされました。天幕を張り、左右で杓子のような橈を操って、ぐんぐんと本船へ寄ってまいります。と見るうちに船板が跳ね上がり、下から十五人ばかりが躍り出ました。めいめい短筒を握り、火縄を振り、剣を帯び、白刃をかざして喚きながら、こちらから出ておりました紅毛人二人に襲いかかったのでございます。一人は拒もうとしましたが、たちまち剣を突きつけられ、二人ともに捕り押さえられて、本船へ引き入れられました。検使船の船頭も棹子も、われ先にと海へ飛び込み、あたりの漁師船も商い船も大騒ぎで逃げ惑い、なかには落水する者もございました。
吉岡は本来、カピタンへ返すべき証文を来航船から受け取り、御役所へ差し出す役目であった。度々催促したが、なぜか返事は出てこない。不審に思いながら港口まで付き従ってきたが、あまりの不穏さに、ついに追従をやめ、港口へ走り入って検分したところ、いま申し上げたこの有様を、この目で見たのだという。
注目すべきは、この報告の精度である。舟の寸法、天幕の有無、橈の形、躍り出た人数、手にした得物。修羅場のただ中にありながら、吉岡はそのことごとくを見届けていた。隠密方は手附出役の同心にすぎない。だが、与力である検使二人が茫然として何ひとつなしえなかったその同じ海で、この軽輩は、事態を測り、報告すべき事柄を選び、船を返している。肝の据わり方が、まるで違った。
オランダ人が、奪われた。
図書頭の顔色が、変わった。だが、腰を上げるのは、速かった。
「物の具持て」
その一声で、奉行所は一変した。近習が具足柩を運び込む。図書頭は兜を除いた小具足、籠手、脛当、脇楯を、手早く身につけていく。鎧をまとった奉行は対面所に床几を据え、次々と上がってくる注進に、その場で手配を下していった。
日頃の図書頭は、書を繙き、算勘に明るい文治の官僚である。その男が、報せを聞いた次の瞬間には鎧を求めていた。付け焼き刃でできることではない。武人としての心構えを、平生から手放さずにいた者にして、はじめて出る即断であった。
盗賊改方の田口惣兵衛、沖取締遠見番の児島唯助、吉川次郎平から、沖の様子が、息せき切って次々に運ばれてくる。図書頭は自らそのひとつひとつを聞き、矢継ぎ早に指令を飛ばした。
上條徳右衛門の家来、毛利健助は、用部屋へ鎧一式を運び込み、いつでも着られるよう広げた。高橋忠左衛門は、自分の詰所へ走って鎧を身につける。具足の触れ合う音、走る足音、呼ばわる声。先ほどまで膳の支度に静まりかえっていた館内が、たちまち騒然となった。
図書頭は、隣り合う代官屋敷の高木作右衛門を呼んだ。
「港内の防備、かねて打ち合わせの通りにせよ。舎弟道之助は、一隊を率いて稲佐郷へ出よ」
かねての打ち合わせとは、この4月に定めた非常時体制を指す。レザノフ来航に続く魯寇の報を受け、ロシア船の来襲を想定して、代官と町年寄が二千人の地役人と惣町七十七町を丸ごと動かす仕組みを組み上げてあった。老中牧野備前守の指示が発端ではあるが、長崎で実際にこれを形にしたのは、図書頭その人である。もしこの4月の備えがなければ、この夜の長崎は指一本動かなかったであろう。図書頭は、半年前の自分に助けられていた。
岩原屋敷にも、招集がかかった。立山役所の上隣に構えるこの屋敷には、幕府から派された支配勘定二人と普請役二人が詰めている。長崎奉行と長崎会所を監察する目付であり、平素は奉行の家来でさえ煙たがって近寄らない。だが非常時には、幕臣として奉行の指揮下に入る。支配勘定の人見藤左衛門と中村継次郎、普請役の荒堀五兵衛と松本佐七。いずれも鎧に身を固めて、奉行所へ駆けつけ、詰めた。
この中村継次郎が、翌日には着服の不備を口実に危険な任務から逃れようとするとは、この時点では誰も知らない。
町年寄で砲術家の薬師寺久左衛門が呼ばれた。
「蝦夷地の騒動以来、江戸表へ届け出てある港内十四ヶ所の矢配り、かねて決めた通りに石火矢を据えよ。異船が近寄らば、打ち払え」
上條徳右衛門が動く。武器蔵預りの三浦藤次郎、永尾亀三郎ら五人を呼び、石火矢と大筒を薬師寺へ渡させた。運ぶための地車と人足は、五箇所宿老会所へ触れさせる。旗、幔幕、鎧、鎖帷子、旗竿。ありったけを取り揃えて差し出させた。煙硝蔵預りの塩見元助からは、火薬が運び出された。
その夜半には早くも、世の中大変とばかりに市中は大騒ぎとなっていた。旅人は我先にと宿を発ち、田舎から出てきた奉公人も次々に逃げ帰る。魚屋の店先からは客が絶え、代わりによく売れたのは蝋燭と草鞋であった。家財を山と積み込んだ大八車が、逃げまどう人々に引かれて、車輪の重い音を町中に響かせている。
支配勘定の中村継次郎は、用人の木部幸八郎とともに対面所へ御役所附の触頭一同を集め、港内の警備場所を割り当てた。もう一人の支配勘定、人見藤左衛門は、松本佐七を連れて港内の見回りに出る。
広間には、年番町年寄の後藤惣太郎が詰め、町方との繋ぎを一手に引き受けた。町使、散使、唐人番の一同が、大広間へ呼び集められる。先祖を辿れば浪人という者が多く、帯刀を許された者も少なくない。室には、殺気にも似た熱がこもっていた。そこへ鎧姿の図書頭が現れる。一同が平伏すると、奉行は自ら声を張った。
「非常の時である。めいめい気合を入れ、手柄を立てよ」
後藤惣太郎が一同を代して、決意を言上する。彼らは武具庫で槍を受け取り、めいめいの持ち場へと散っていった。
そして、御役所附の鉄砲組二十名である。実弾を装填させ、山田吉左衛門と花井常蔵が引き連れて、戸町と西泊の両御番所へ急がせた。台場の大砲がどう据わっているか、その目で確かめてまいれ、と申し渡した。
奉行所も、町も、喧騒の坩堝であった。
つい先刻まで、名月の夜の、祝いの膳が用意されていた。その同じ部屋から、いまや次々と命令が発せられている。日頃、書を繙き、政務に勤しむ謹厳な奉行の姿は、もうそこにはない。異国の者に襲われ、目の前でオランダ人を奪われた、その恥辱に、松平図書頭は、将軍直属の旗本武将の顔になっていた。
名月は、なお中天にあった。その光は先刻と変わらず、港にも町にも降りそそいでいる。変わったのは、その下の長崎であった。具足が鳴り、石火矢が曳かれ、伝令が闇を駆ける。祝いの夜は、しだいに、戦の前夜へと張りつめていった。
だが、この長崎の守りには、この夜、誰ひとり知らぬ底が抜けていた。それを最初に踏み抜くのが、いま両御番所へ走らせた、あの鉄砲組である。

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