35 ホウセマン再び


佐賀藩の出動が望めぬと知った松平図書頭は、二人のオランダ人を取り戻すには、異国船が求める品々を差し入れるほかにないと決めた。
沖で異国船を見張る検使たちのもとへ山田吉左衛門を遣わし、こう伝えさせた。
「牛野牛を届けるので、紅毛人二人を受け取って帰れ。肥前の軍勢が揃わず、焼き打ちの手段も整わず、御番所も手薄である。紅毛人二人を受け取ったなら、異国船がそのまま出帆しようとも、そのまま出帆させておけ。こちらから手出しをして異国船が港内へ引き返しでもすれば、御番所は立ち向かえぬ。」
そこへ大通詞の中山作三郎と名村多吉郎が、オランダ商館長ドゥーフからの申し出を願い出た。異国船が求める品々を届けるにあたり、ホウセマンも一緒に遣わせたいというのである。
図書頭は眉をひそめた。せっかく取り戻したホウセマンを、再び拉致されてはどうするのか。
「ホウセマンが再び異国船へ行くのはいかがなものか。再び留置されることもあろう。品々を届けることだけを済ませよ。」
ドゥーフはこれに食い下がった。
「私の手紙には、コンパニャ(東印度会社)の印をもって補給の実行を約束しました。これは会社の契約であり、違約はできませぬ。その上、この品々にホウセマンが付き添って届ければ、シキンムルも一緒に返すと船主が固く約束しております。ホウセマンが行かねば違約となり、シキンムルの身の安全にも関わりましょう。たとえホウセマンが再び行っても、留置されることは決してありますまい。願いの品々を数を揃えて送れば、異国人どもは感激し、両人とも返すと存じます。」
図書頭は、ホウセマンを送り返すことに強く反対した。ドゥーフは持てるかぎりの言葉を尽くして説いた。やがて図書頭は受け入れた。
「カピタンの言うことは理屈が通っている。そのようにせよ。」
港内には検使や見張りの番船が多く出ており、沖へ出たまま事情を知らぬ者も多い。行き違いのないよう、沖出方の船への連絡文書を上條徳右衛門と中村継次郎が作り、持たせた。
ホウセマンは、牛、野牛、野菜などを満載した船とともに異国船へ向かった。その日の朝、白刃を振るって彼らを拉致したばかりの船である。
大波止を出たホウセマンは、酉上刻、午後五時ごろ、沖に出ている検使たちの船佳行丸と出会った。検使たちは図書頭とドゥーフのやり取りを知らない。ホウセマンが異国船へ行って留め置かれはしないか、シキンムルを返すのかと、繰り返し確かめた。ホウセマンは、固く約束されているので間違いないと答えた。
少しでも早く行くがよいということになり、通詞石橋助左衛門と岩瀬弥十郎が付き添い、御役所付の溝口仙兵衛と林與次右衛門が護衛についた。沖に出ていた検使菅谷保次郎と花井常蔵は、別の船に乗り移り、ホウセマンの船に加わった。
ホウセマンが異国船の近くへ漕ぎ寄せ、下から声をかけると、船からシキンムルが答えた。
「牛野牛その他、食用の品々を持ってきた。端船を出して受け取るよう、船主へ伝えよ。」
ホウセマンが声高に言うと、船主も船縁に現れた。
「夜中ゆえ、端船へ積み替えるのは難しい。本船へ直に漕ぎ寄せよ。」
ホウセマンは助左衛門に言った。
「いずれ私も本船に乗るのがよいでしょう。今一度乗船し、シキンムルと一緒に降りてまいります。」
「然らば乗船し、なるべく急いで二人とも一緒に降りて来い。」
まず牛野牛を積んだ荷船を異国船へ漕ぎ着けた。ホウセマンは乗船し、カピタンからの返書を船主へ渡した。その文面はこうである。
「昨日本船に連行されたオランダ人のうち一人を上陸させられ、食用の品々を届けるよう願われたので、牛野牛その他の品々を差し入れました。お申し越しの通りホウセマンを品々に付き添わせて遣わします。船積みの上は、お約束通りオランダ人二人ともお戻しください。」
ほどなく異国船から、持ってきた品々の数を問うてきた。岩瀬弥十郎が答えた。
「牛四匹、野牛十二匹、鶏十羽、梨一袋を持ってきた。」
乗船したばかりのホウセマンが、再び船縁に現れ、石橋助左衛門に尋ねた。
「水と薪はいつ届くのか、と聞いております。」
「水も薪も今揃えている最中で、今晩中には手配できぬ。明朝届けることになる。」
ホウセマンはいったん消え、再び現れて言った。
「船長によれば、それならば私どもを返すのは、明朝その品々を受け取ってからと申されております。」
石橋助左衛門は引き下がらなかった。
「水薪を明朝早く届ける約束に、いささかも相違はない。牛野牛その他、食用の品々を積載した以上は、約束通り二人のオランダ人を返すよう船主に言うべし。」
ホウセマンは艦長に伝え、また返した。
「明朝届ける水と薪は、何艘来るのかと聞いております。」
「水は五艘準備している。薪は何艘いるか。」

35 ホウセマン再び

 

佐賀藩の出動が望めぬと知った松平図書頭は、二人のオランダ人を取り戻すには、異国船が求める品々を差し入れるほかにないと決めた。

沖で異国船を見張る検使たちのもとへ山田吉左衛門を遣わし、こう伝えさせた。

「牛野牛を届けるので、紅毛人二人を受け取って帰れ。肥前の軍勢が揃わず、焼き打ちの手段も整わず、御番所も手薄である。紅毛人二人を受け取ったなら、異国船がそのまま出帆しようとも、そのまま出帆させておけ。こちらから手出しをして異国船が港内へ引き返しでもすれば、御番所は立ち向かえぬ。」

そこへ大通詞の中山作三郎と名村多吉郎が、オランダ商館長ドゥーフからの申し出を願い出た。異国船が求める品々を届けるにあたり、ホウセマンも一緒に遣わせたいというのである。

図書頭は眉をひそめた。せっかく取り戻したホウセマンを、再び拉致されてはどうするのか。

「ホウセマンが再び異国船へ行くのはいかがなものか。再び留置されることもあろう。品々を届けることだけを済ませよ。」

ドゥーフはこれに食い下がった。

「私の手紙には、コンパニャ(東印度会社)の印をもって補給の実行を約束しました。これは会社の契約であり、違約はできませぬ。その上、この品々にホウセマンが付き添って届ければ、シキンムルも一緒に返すと船主が固く約束しております。ホウセマンが行かねば違約となり、シキンムルの身の安全にも関わりましょう。たとえホウセマンが再び行っても、留置されることは決してありますまい。願いの品々を数を揃えて送れば、異国人どもは感激し、両人とも返すと存じます。」

図書頭は、ホウセマンを送り返すことに強く反対した。ドゥーフは持てるかぎりの言葉を尽くして説いた。やがて図書頭は受け入れた。

「カピタンの言うことは理屈が通っている。そのようにせよ。」

港内には検使や見張りの番船が多く出ており、沖へ出たまま事情を知らぬ者も多い。行き違いのないよう、沖出方の船への連絡文書を上條徳右衛門と中村継次郎が作り、持たせた。

ホウセマンは、牛、野牛、野菜などを満載した船とともに異国船へ向かった。その日の朝、白刃を振るって彼らを拉致したばかりの船である。

大波止を出たホウセマンは、酉上刻、午後五時ごろ、沖に出ている検使たちの船佳行丸と出会った。検使たちは図書頭とドゥーフのやり取りを知らない。ホウセマンが異国船へ行って留め置かれはしないか、シキンムルを返すのかと、繰り返し確かめた。ホウセマンは、固く約束されているので間違いないと答えた。

少しでも早く行くがよいということになり、通詞石橋助左衛門と岩瀬弥十郎が付き添い、御役所付の溝口仙兵衛と林與次右衛門が護衛についた。沖に出ていた検使菅谷保次郎と花井常蔵は、別の船に乗り移り、ホウセマンの船に加わった。

ホウセマンが異国船の近くへ漕ぎ寄せ、下から声をかけると、船からシキンムルが答えた。

「牛野牛その他、食用の品々を持ってきた。端船を出して受け取るよう、船主へ伝えよ。」

ホウセマンが声高に言うと、船主も船縁に現れた。

「夜中ゆえ、端船へ積み替えるのは難しい。本船へ直に漕ぎ寄せよ。」

ホウセマンは助左衛門に言った。

「いずれ私も本船に乗るのがよいでしょう。今一度乗船し、シキンムルと一緒に降りてまいります。」

「然らば乗船し、なるべく急いで二人とも一緒に降りて来い。」

まず牛野牛を積んだ荷船を異国船へ漕ぎ着けた。ホウセマンは乗船し、カピタンからの返書を船主へ渡した。その文面はこうである。

「昨日本船に連行されたオランダ人のうち一人を上陸させられ、食用の品々を届けるよう願われたので、牛野牛その他の品々を差し入れました。お申し越しの通りホウセマンを品々に付き添わせて遣わします。船積みの上は、お約束通りオランダ人二人ともお戻しください。」

ほどなく異国船から、持ってきた品々の数を問うてきた。岩瀬弥十郎が答えた。

「牛四匹、野牛十二匹、鶏十羽、梨一袋を持ってきた。」

乗船したばかりのホウセマンが、再び船縁に現れ、石橋助左衛門に尋ねた。

「水と薪はいつ届くのか、と聞いております。」

「水も薪も今揃えている最中で、今晩中には手配できぬ。明朝届けることになる。」

ホウセマンはいったん消え、再び現れて言った。

「船長によれば、それならば私どもを返すのは、明朝その品々を受け取ってからと申されております。」

石橋助左衛門は引き下がらなかった。

「水薪を明朝早く届ける約束に、いささかも相違はない。牛野牛その他、食用の品々を積載した以上は、約束通り二人のオランダ人を返すよう船主に言うべし。」

ホウセマンは艦長に伝え、また返した。

「明朝届ける水と薪は、何艘来るのかと聞いております。」

「水は五艘準備している。薪は何艘いるか。」

船縁では、そのたびにホウセマンが姿を消し、艦長へ伝え、また戻ってきた。

「薪は二艘お願いしたい。」

石橋助左衛門と岩瀬弥十郎の二人は声を合わせ、幾度も約束した。

「明朝、間違いなく届ける。」
「薪は二艘お願いしたい。」
石橋助左衛門と岩瀬弥十郎の二人は声を合わせ、幾度も約束した。
「明朝、間違いなく届ける。」

交渉はようやくまとまった。しかし二人のオランダ人は、なお異国船上に残された。

上部へスクロール