その船が何者なのか、誰も知らなかった。
なぜオランダ人二人を拉致したのか。何を求めているのか。長崎の誰一人として、わからなかった。
わかっていたのは、ただ一つ。沖の闇に、見たこともない巨大な異国船が潜んでいる、ということだけだった。
その闇に、初めて一条の光が差すのが、この夜である。
拉致されたはずのホウセマンが、なぜふたたび姿を現したのか。それを語るには、少し時を戻さなければならない。
オランダ人二人を取り戻すまで生きて帰るな——図書頭にそう叱責された検使、菅谷保次郎と上川伝右衛門は、西役所を出た。だが通詞がいなければ、異国船と話すことはできない。
二人はまず、大通詞の中山作三郎と名村多吉郎に同行を求めた。所用がある、と断られた。もう一人の大通詞、石橋助左衛門に声をかけると「いま打ち合わせ中なので、あとから追いかけます」と言う。波戸場まで坂を下って待っていると、石橋が走って来た。だが「まだ打ち合わせが続いております。しばらくお待ちを」と言い捨て、役所へ引き返してしまった。
これで、大通詞三人がそろって同行できなくなった。
怯えがなかったとは言えまい。石橋助左衛門五十一歳、中山作三郎五十七歳、名村多吉郎も同年配である。長崎で大通詞といえば、町年寄なみの重鎮だ。たかが与力の検使に従って、夜の海に潜む異国船へ赴く——そんな役目を進んで引き受ける年齢でも、立場でもなかった。
ことに中山作三郎は、図書頭が検使に「ふたたび異国船へ行き、オランダ人を取り戻して来い」と命じたとき、傍らにいた上條徳右衛門の袖をつかみ「お引止めください。卵を岩にぶつけるようなものです」と必死で食い下がった男である。異国船へ向かうことがどれほど危ういか、誰よりもわかっていた。
通詞を失った検使二人は、海岸沿いに出島へ向かった。出島橋を渡り、蔵の並ぶ通りを奥まで歩いて、オランダ通詞の詰所である通詞会所を訪ねた。居合わせた通詞たちに「同行できる者はいないか」と声をかけると、ちょうど名村多吉郎が現れた。これ幸いと同行を命じたが、カピタン——商館長ドゥーフ——に呼ばれたと言って、すぐに出て行ってしまう。
そこへ、警報が飛び込んできた。異国船から放たれた小舟が数艘、港内に侵入したという。検使二人は、ふたたび大波止へ駆け戻った。
大波止には、石橋助左衛門と、もう一人——小通詞並の末永甚左衛門がいた。検使は二人に乗船を命じ、奉行所の堂々たる御用船、佳行丸を出した。
ところが石橋は、異国船からバッテイラ(小舟)が出たと聞くと「波止場へ行けとの指図は受けておりません。ひとまず戻り、確かめてからすぐ追いかけます」と言って、別の船に乗り、引き返してしまった。
残ったのは、末永甚左衛門ただ一人である。
このとき四十歳。役職は小通詞並で、通詞のなかでは下位にすぎず、名のある人物でもなかった。だが——事件が終わったのち、図書頭への報告でその勇気を称えられ、大通詞へと異例の昇格を遂げるのは、この夜の通詞のうち、無名のこの男ただ一人である。
港内からは、すべての船が消えていた。満月でありながら、対岸の水之浦まで一キロ以上、灯火ひとつ見えない。稲佐山が黒々とそびえ、海は黒い波を打ち返すばかりだ。はるか神崎の沖に、巨大な異国船が潜んでいる。
不気味な夜だった。
小艇三艘が本船に戻ったと確認されたのは、午後十時ごろ。検使一行が大波止を出たのは、おそらく十一時ごろである。佳行丸には末永甚左衛門、そして御役所付の溝口仙兵衛と林與次右衛門が乗り込み、沖を目指した。
途中、提灯の灯を見つけて近づいてきた船があった。遠見番、嘉悦忠兵衛の舟である。野母御番所から出た五艘が、恐怖と闘いながら異国船を見張っていた。様子を尋ねると、特に変わりはない、と言う。検使はさらに沖へ、異国船へと近づいた。
やがて、闇の中に船体が立ち上がった。
和船とは比べものにならない、見上げるほどの高さだった。舷側には二段に構えた砲門がずらりと並び、黒い砲口が突き出ている。
末永甚左衛門が、声を限りにホウセマンの名を呼んだ。
この異国船——ここからはフェートン号と呼ぼう——は、敵地のただ中にあった。夜どおし厳重な警戒を敷いている。高いマストの上から見張りが近づく小舟をとらえ、後甲板の士官たちは望遠鏡で、その舟に砲も銃もないことを、すでに確かめていただろう。
船上から聞こえる言葉は、末永の知らない言語だった。だが彼が「捕らわれたオランダ人と話がしたい」とオランダ語で叫ぶと、すぐに反応があった。
船縁に、人影が現れた。
ホウセマンだった。
検使二人が提灯を高く掲げ「ホウセマンか」と呼びかけると、男は帽子をとって会釈した。拉致されたはずの男が、いま、目の前に、無事な姿で立っている。検使の胸に、安堵が走ったにちがいない。
だが船縁には、ほかにも多くの人間が現れ、こちらを検分していた。
検使は、末永に通訳させた。
「どの国の船か。なぜオランダ人二人を捕らえた。貿易を望んで来たのか」
これが、日本側とフェートン号との、最初の会話である。貿易を問うたのは、それを求めて不審な船が現れた例が、これまでにいくつもあったからだ。
ホウセマンは船上で何か指示を受けたらしく、こう答えた。「夜中に本船へ近づくことはできません。御検使様は、明朝お越しください」。そして、ふたたび姿を消した。
だが検使は引き下がれない。「異国船に乗りつけよ」と漕ぎ手に命じ、船を寄せ「もう一度呼び出せ」と言う。末永が声をかけると、ホウセマンがまた船縁に現れた。
「もし願い事があるのなら、取り計らう。頭分の者を、こちらの船へ寄越してもらいたい」
末永が訳して伝えると、ホウセマンは船内に戻り、船主と相談している様子だった。
そのとき——
フェートン号から、二艘の小艇が、するすると海上へ吊り下げられた。そして検使の船を、左右から挟み込んだ。
小艇には、前後に小型の砲が据えられている。抜き身の剣が見えた。乗り込んだ者たちの短筒も小銃も、弾を込めてある。見上げれば、本船の二段の砲列には、一門ごとに二人ずつの水兵が取りつき、命令ひとつで撃ちかける構えだ。
検使一行は、生きた心地もしなかった。
このまま離れて帰りたい。だが、事情も聞かずに戻れば、検使の役目は果たせない。生きて帰るな——図書頭のあの叱責が、乏しい勇気を奮い立たせた。
末永が、同じことをふたたび問うた。異国人が出てきて何か言うが、言葉がわからない。やがてホウセマンが現れ、答えた。「この船は、支那から来たそうです」。
末永は引かなかった。「唐人の使うジャンクより、ずっと大きい。支那の船ではあるまい。真実を言え」。すると今度は——ベンガル(インド)から出航した、との返事が返ってきた。
「なぜオランダ人を捕らえた。どのようにも取り計らう。まずオランダ人を解放するよう、伝えよ」
どれほど時が経ったか。ホウセマンが、ついにこう答えた。
「船中は、食物が乏しくなっております。これらの品を補給していただければ、オランダ人を戻し、ほかに用もないので、明日にも帰帆いたします」
そして、横文字の手紙を一通、寄越した。
末永が読むと——ベンガルを出航したこと、船主の名、水と食物が乏しいので届けてほしいこと。それだけが、ごく短く記されていた。
闇の中で、ようやく、敵の意図が見えた。
水と、食料。
それが、この船の望みだった。
検使は、なお食い下がった。「品々は夜ゆえ今は用意できぬが、明日までに必ず届ける。だから二人のオランダ人を、今すぐ返せ」。だが、フェートン号は拒んだ。
「では、代わりに乗組員を二人、こちらへ寄越せ」——この申し出は、フェートン号側には奇怪に映ったらしい。「人質を一晩預かっても心配はいらぬ。明朝に食物を届け、オランダ人を戻せば、預かった二人も返す」と重ねても、承知しない。
ついに検使二人は、意を決した。
「オランダ人を戻さぬなら、我らは帰れぬ。我ら二人が、異国船に乗り込む」
決死の面持ちだったろう。
末永が訳すと「ではこちらへお越しください、と船主が申しております」と、ホウセマンの返事が返ってきた。
だが末永は、この答えに不審を抱いた。オランダ人二人に加えて、検使までもが船に捕らわれるのではないか。検使が「どうなっている」と尋ねるので内容を伝えると、二人は「では乗り込む」と言い出した。
末永はホウセマンに問うた。「御検使様お二人が乗船されて、万一のことはないか」。「これは異国人の言ったこと。自分には、何とも言えません」。
それでは懸念は晴れない。末永は、検使の乗船を取りやめるよう進言した。御役所付の溝口仙兵衛も、林與次右衛門も、これに同調した。小通詞並にすぎぬ四十歳の末永甚左衛門が、この場でいかに肝の据わった男であったかが、よくわかる。
そうするうちに、ホウセマンが「早く船を離れてください」と、何度も大声で叫び立てた。検使一行はフェートン号を離れ、数百メートル離れた神崎まで退いて、船を停めた。
ここで起こったことを急ぎ書きとめ、寄越された横文字の手紙を添えて、西役所へ送らねばならない。
真夜中——夜八つ時、午前二時ごろ。
末永甚左衛門が、奉行所へ戻った。
その手には、あの横文字の手紙があった。
待ちに待った情報が、ついに図書頭のもとへ届いた瞬間である。
ロシア船かどうかもわからぬ謎の大型船が、オランダ船を装い、剣を抜いてオランダ人二人を拉致した。その意図は何か。夜の港内を、三艘の小艇が探りまわったのはなぜか。検使も、沖の見張りも、口々に軍艦のような重武装だと言う——それは、いったいいかなるものか。
これまで、確かな情報は何一つなかった。出迎えの検使も、役所の者も、町の人々も、ただ恐れおののいて、腰も立たぬありさまだった。その闇の中へ、拉致されたホウセマンと会い、手紙まで携えて戻った男がいる。図書頭の昂ぶりは、当然だった。
横文字とはいえ、字数を見れば、ごく短い書簡であることはわかる。それでも、異国からの、たった一つの貴重なメッセージだ。図書頭はただちに末永を招き入れ、訳を命じた。
内容は、こうだった。
——ベンガルから、船が一隻来た。船長の名はペリュー。閣下は水とすべての食料に事欠いており、それを提供されるよう要請している。署名は、ホウセマンとスヒンメル。
図書頭は、眉をひそめた。
水と食料に窮した船が、禁令を承知のうえで長崎に助けを求めて来た例なら、いくらもある。だが、だからといって、日本の国法を破り、オランダ人を拉致してよいはずがない。法と秩序に誰よりも謹厳な図書頭の胸には、怒りが渦巻いていた。
それでも、この短い手紙が、「御国の預かり人」たるオランダ人を取り戻す、ただ一つの糸口であることを、彼は理解していた。
末永は、さらに告げた。「船はきわめて大型で、四十門以上の大砲を備えております」。間近から冷静に船を見てきた末永の言葉は、相手が恐るべき戦闘力を持つことを、あらためて突きつけた。
図書頭は、命じた。
「かぴたんを呼べ」
やがて現れた商館長ドゥーフに、図書頭は手紙を見せて問うた。「これが異国船の要求だ。水と必需品を与えれば、拉致された二人のオランダ人は解放されると、保証できるか」。
ドゥーフはしばし考え、保証はできない、と答えた。あの船は敵国の船だと、自分は見ている——と。
それでも、この夜から、ドゥーフは動き始める。配下のオランダ人二人を、取り戻すために。
長崎が、初めて敵の要求を知った夜だった。
ここから、長い応答の日々が始まる。
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